30歳のAさんは途方にくれた顔で話し始めました。
「そば店経営の父親の葬儀を無事終え一息ついたころ、父が遺言を残してなかったので母、長女の私、妹の計3人で話し合った結果、『母が全てを相続する』にすんなり決まったのですが、その際、父の戸籍を調べたら、私たち姉妹になんと会ったこともない腹違いの兄がいることが判りました。
相続財産といっても父親に預貯金などほとんどなく、両親が夫婦二人で裸一貫からコツコツ営業してきた、おもちゃ店の土地だけです。
『母が全てを相続する』という遺産分割協議書を作成して腹違いの兄に送付したところほどなくして兄が依頼した弁護士より、署名押印拒否および遺産分割協議のやり直しを要求する旨の内容証明郵便が届きました。
母の顔から血の気が失せるのがはっきりと分かりました。
母はこのそば店の売り上げで生活していますし、何より母にとってこの商売は生きがいにもなっています、いわば命の土地です。
しかし、結局その命の土地を手放すことになってしまいました。もちろんおもちゃ店は廃業になり、母は私の家族5人が住んでいる小さな賃貸アパートで暮らすことになりました。それからの母といえば、もぬけの殻状態です。」
【メッセージ】
とても罪作りな父親だと言わざるを得ません。なぜ遺言を残さなかったんでしょうか。
いっくら生前立派であっても、いいこと言っていたとしても帳消しになってしまいます。これは別に腹違いのお兄さんが悪いわけではありません。
法律が定めている権利を行使したにすぎません。それにしても残された奥様の無念は計り知れないでしょう。
【遺言力】
「妻に全財産を相続させる」+「遺言執行人を妻にする」とする遺言を書いておけばよかったでしょう。
さらに念のため付言事項で子供たちには遺留分を主張しないようにという旨のメッセージを残すのです。
ただ、いくら遺言を残しておいても安心できない場合があります。
というのは公正証書遺言であれば兄に知られることもなくスムーズに手続きが出来るからいいのですが、もし自筆証書遺言ですと家庭裁判所の検認が要るので、家庭裁判所から全相続人に通知されてしまいます。そうすると兄が父親の死を知り遺留分請求をするかもしれません。
ただ、もちろん公正証書遺言を残したとしてもでもどこかで腹違いの兄が父親の死を知る可能性はもちろんあります。そういうときのためにも付言事項で父親のメッセージをしっかり残しておくことが大切です。
そうすれば、腹違いの兄が受ける印象もちがったかもしれません。
それにたとえ遺留分を請求されても通常の法定相続分の半分なので、分割払いにするなど、店を手放すことなく商売も続けられる方法も十分取れた可能性があったでしょう。
そこに遺言を残す意義があるのです。